定期紛失


今朝、会社に向かおうと、持ち物を確認していると、定期入れがないことに気づいた。
「おい、まずいぞ、電車に間に合わない!」
定期入れというのは、どこに入れたかわからなくなるものの筆頭だ。
手当たり次第部屋を探したが見つからず、あきらめて駅に向かい、切符を買い、電車に乗り込む。
わざわざ券売機で切符を買うわずらわしさ。
加えて、二重に乗車賃を払わなければならない虚しさ。
朝から最悪である。
「落としたとしたら、昨日の夜だ。」
それに、最寄りの駅までは帰ってきたのだから、駅から自宅までの間で落としたに違いない。
友達と食べに行った定食屋か。
あるいは友達が来るまでコーヒーを飲んでいた店か。
不幸が降りかかってくる自分に対して嫌気がさす。
「今度は俺の番か」
以前聞いた、正負の法則、という単語が頭をよぎる。
俺の正はいつ来るのだ。
もしや、気づいていないだけなのか。


会社からの帰り、昨夜立ち寄った店から、駅の窓口、交番にまでいったが届け出はなかった。
ふさぎこみながら、自宅に戻り、もう一度部屋の中を探してみた。
すると、クッションの下から定期入れが「よっ、元気?」と顔をのぞかせる。
「ふざけるな!こっちは、交番までいって遺失物の届け出まで書いたんだぞ!」
と思う反面、「でてきてくれてありがとう!」という気持ちもあった。
いや、でてきてくれてありがとう、という気持ちのほうが大きかった。
小学生みたいに、ヒモでもつければ安全なんだろうな、と考えたこともある。
そんな恥ずかしいことできるはずもなく、即却下。
毎日必要で、肌身離さず身につけていて、必ずそばにあるもの。
失ってはじめて、その大切さを心底痛感するもの。
いつもそばにあると思ってむげに扱うと、どこにいったか見失ってしまうもの。
今度失くしたら、もう戻ってこない、ふとそんな気がした。